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恋愛の成就とはつまり地獄へ堕ちることなのだ その1 [音楽レビュー]

君の胸にメスを入れて 裂いて開いて にくい悪魔 つかみ出した、と唄い出すのは「君が欲しい」だが、恋愛の成就とは果たして天国の扉を叩くことなのか。藤本卓也は明快に否定する。なぜなら「地獄の底へ 落ちる私を なにも言わずに ほほえむあなた」なのだから。到達と同時に凋落がはじまるものならば、恋愛の成就はそこからいかに「愛の死」への時間を引き伸ばすか、もしくは家族の創出という弁証法的な発展とみせた論理のすり替え(とあえていうならば)または別形態への変容を粛々と受け入れるか。

藤本卓也はいつだってその問題には実に明確なのだ。天国へ上る不安よりも、地獄へ落ちた安寧を選ぶ。例えば名曲「休ませて」では“あなたがいるからダメになる”とわかっていながらも“あなたと別れたら生きていけない”。どっちなんだよ!と突っ込みを入れては「負け」なのだ。勝負を挑まれているものとしては、そんな安易な逃げでは背中を見せただけに他ならない。後ろから乱打をあびるだけだ。この勝敗なき試合において真正面から剛速球を受け止める。それだけがつまり正しい対処方法といえる。

それにしてもこの矢吹健はいったいどうしたものだろうか。若干19歳にして、この、酸いも甘いも併せ呑んで吹き散らかしたような歌い方は。例えば16ぐらいで結婚して子供生んで離婚して、いまや脱色した髪がからまってゴワゴワしているようなスレたのともまた違う、場末のスナックで銀座か新地から流れたような皺の深さと年齢が微妙にずれているようなママがじろりとにらんで「アタシもいろいろあったのよ…」ととわずがたりに話し出すようなネンキが入った様子ともまた違う、どうしようもないヒモにひっかかり、ソープで働かされた挙句、妊娠し、面倒になったヒモに殺され、山中に埋められたにもかかわらず再び蘇り、ヒモのところへ会いにいくが、また殺され、埋められてしまい、また…というようなある種のしつこさ、そこから生まれる奇妙なおかしさ、諦念と絶望と、だからこそわきあがる希望、そういう人間の本質的な部分の具現化をしているのだ。藤本卓也+矢吹健は。君が好きで~なんて甘っちょろい隙間風がシンニュウすることを許さない、愛したら、愛されるか死ぬか、その極限な二択をせまられる理不尽さ。相手のせいで不幸になるのではなく、自分であるがゆえに不幸なのだ、という宿命的な諦観に満ちている。そういう意味で奇跡的な位置に、藤本卓也と矢吹健はたたずんでいる。がけの上から下界を静かにみつめるように。矢吹健の怨力とでもいえばいいのか、どす黒くしかし激情とあきらめが同居した声というよりも音と表現したいその歌は、地獄から天へまっすぐ吹き抜ける暴風のようだ。歌をうたうためにボイストレーニングよりも山にこもって木霊と戦うほうを選択しなければ、この音は生まれない。そういう類のものである。

この歌が生まれた60年代は「劇的な瞬間には全ての真実があらわになる」といわれ信じられた。この歌がヒットし、当たり前のように受け入れられていた70年代は、60年代の余波が残りつつ、実に静かなあきらめの風景がひろがる時代だったと思う。80年代は、反動ゆえかそれらを笑い飛ばし、ネタとして嘲笑う時代だったのではないか。いまこうして矢吹健の歌を聞く。この中に流れる熱くて苦しい、その苦しみを稀有なものとして評価できるほどわれわれは成熟したと信じたい。

それでは「真っ赤な夜のブルース」のレビューで御座います。かなり量があるので前後編とさせてください。

幻の名盤解放歌集 テイチク編 藤本卓也作品集・真赤な夜のブルース

幻の名盤解放歌集 テイチク編 藤本卓也作品集・真赤な夜のブルース

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 1993/12/25
  • メディア: CD


1、あなたのブルース 矢吹健
大ヒット曲。この19歳とは思えない、森進一がいかに薄口かがよくわかる泣き節を聞け!森進一ほど洗練されていないが、迫力と気迫と怨力で遥かに凌駕しております。しかし後のラーメンの背脂にも似た中毒症状を起こす矢吹節にはこれでもまだまだ。

2、真っ赤な夜のブルース
夜は黒ではなく真っ赤。真っ赤な夜にたたずむ彼の周りにはピンスポがどす黒くふちどり、常人には目視できない有様。

3、断絶のブルース  佐久間浩二
矢吹ほどのぐっちょりした粘着性はないけれど、その分たっぷりとよく伸ばしましたというところか。伸ばした部分が絡みつく。シタールと青森なまりが絡み合い極楽めぐり地獄逝き。

4、忘れさせて 市川好朗
矢吹佐久間には到底及ばぬまでもまあ及第点といった歌唱法。「アアーン」という謎の女性声が入る。謎のあえぎ声ときそうように「あたしを いじめて いじぃめぇてぇええええええ~」と物凄いアレな声が。うなされそう。

5、蒸発のブルース 矢吹健
「あなたなぁしぃじゃ~、だぁああめぇええぇええ」とのっけからダメだしをされる。しかしこのような出で立ちで迫られたら男は去勢するしかないだろうな、と思うド迫力。単体で聞くとかなり濃いが、この中の曲では薄く感じる。藤本卓也の「夜のワーグナー」ワールドには脱帽ではなく脱毛。

6、まぼろしのブルース 佐久間浩二
大傑作にして大名曲。全人類が聴くべき歌。「できるかな?」のゴン太声(クィーカ)が盛んにウッホホウッホと鳴ってます。至上の愛は天国ではなく地獄へいくことにあると明言している作品。訛りの残る歌声が野趣あふれ、かえって“おんなのなげき”を直截に表現できているのが不思議だ。個人的には勝彩也よりもこちらが好き。


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