SSブログ

愛したいの愛せないの [マボロシの男たち(エロ風味)]

愛情は難しい。

身体の中にはすでにある人がいるが、それでもあえて私なぞを選んでくれる人もいる。そんな奇特な人が突然何人か現れると激しく動揺する。特にその中に、既婚者がいるとなると。

私自身、過去を振り返ってロクでもないことばかりやってきたのだが、それでも不倫だけはしたことがない。神様に対して唯一誇れることなのだ。そういう私でも、猛攻を受ければ、一瞬足元を見てしまったりする。そしてそんな自分を嫌悪する。とにかく私は不倫を憎む。絶対の禁忌として自身に強いている。その理由といえば。

私が初めて尊敬したある人を、不倫で失ったからだ。

私は高校生になってまもなく不登校になった。原因はさまざまあるが、一番の理由としては、延々登り続ける階段をまともに目にした、ということがいえる。高校で終わりではなく、人生の巨大な長さを想像し、一気に落胆し、厭世気分へと突入した。勉強もせず本ばかり読んでいた私を、担任はそんなこともあるさ、と見逃してくれたが、数学を担当していた教師は目の敵にした。私の出席率を例題にして授業を行ったりして。私の通っていた高校はいわゆる「一流になりたい二流校」だったので、みなお育ちよろしく、そういうときは硬い時間を無言で過ごすばかりだった。そんな時期を救ってくれたのが、「おねえさん」だった。

「おねえさん」は私のいとこのお嫁さんで、当時30過ぎくらいだった。理知的で、冷静な人だった。彼女は私に吉屋信子やコレット、山田詠美を教えてくれ、多角的に物事を見ることの大事さを教えてくれた。私たちは昼間の長い時間を一緒に過ごした。たいていは彼女の話をうなずきながら聞くばかりだったけれども。

「おねえさん」に異変が起きたのは、私の学年が変わるか変わらないかくらいだった。

なにを話しても上の空で、ぼんやりしている。私が帰ろうとすると執拗に引き留め、夕食をともにするようになっていた。いとこが帰っている様子がないのも気になった。やがて母から、いとこがどうやら余所に女を作ったらしいことを聞かされた。同時期ぐらいに、彼女から愚痴を聞くようになっていった。自分の未熟さがあれほど口惜しかったのは後にも先にもあのとき以外にはない。彼女の苦悩が理解できるほど、私にはまだ恋愛経験も誰かを愛し共に生活した経験もなかった。彼女は痛々しくやせ細り、やがて私の家に同居するようになっていった。祖母が亡くなったとき、いとこは葬式にも参列せずに相手の女と旅行をするという愚挙に出、彼女はますます居場所が無くなった。そういうとき、身勝手な叔母はいつだって従兄弟の味方だった。

葬儀が終わり、寺からの帰り道、私たちは寄り添って歩いた。「ねえ、私ね」と足元を見ながら彼女が言った言葉を私は今でも忘れない。「私ね、彼が頭を下げて戻ってきたら、それで全部許しちゃうのよ」しめっぽさのない彼女の声が、私の身体を切り刻むように降り落ちる。私はただうなずいて、行かないでほしいとそればかり願っていた。

私が進級した頃(ほとんどの科目が追試という例を見ない有様だったが、すべてトップで通過しなんとか次の学年へ進めたのだ)、いとこたちの離婚は成立した。彼女は家を去った。以来、彼女はどうしているだろう。

私は彼女と同じ思いを誰かに味わわせることなど、到底できない。暗い目をして「彼がここにきている?」と痩けた頬を向けたあの姿が目に浮かぶ。愛したいが愛せない理由は、ここにある。


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 2

ken

悩んでいるな、激しく。
闘っているな、静かに。
by ken (2006-10-26 01:30) 

瑠璃子

愛してあげたいんだけどねえ。
この言葉がどんなに高飛車か理解しつつ。うん。
by 瑠璃子 (2006-10-29 19:55) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。