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やさしい暗殺者の とても深い夜【裸のラリーズ ENTER THE MIRROR】 [音楽レビュー]

切ないという感情を音として正確に表現するとどうなるのかが。裸のラリーズ「ENTER THE MIRROR」にはその答えがある。実に直截に、あますところなくすくいあげた音。音圧で鼓膜が圧迫されるぐらいの音量で聞く。音の中に身を沈めていく。そこには代え難い静謐さがある。音は私を孤独にするが、それは胎内回帰にも似た安らぎを与えてくれる。

あのギターイントロが静かに流れてくると、それだけで私は夏へいける。浮き足立った夏の宵に。

あの夏。タエコと二人で、今もう病院になってしまった新宿歌舞伎町の公園であてどなく歩き回って。わたしたち。夜の密度の濃さに窒素しそうになりながら人生を学んでいた。さまざまな人たちにきりとられた断面―赤黒い臓腑を私たちに晒していた。あまりの赤裸々さに手で顔を覆いながらも、その指の隙間から垣間見た男女のもつれ合う様。いつまで遊んでも、溶けることがないような夜。地面から立ち上る熱気は、どれだけ時がたとうと冷めることがなかった。あの夜。公園の入り口にたち、おどおどと辺りを見回すアタシたちに「そこに若い子がいると売れなくなるよオバサン」と声をかけてきた、あの太った年増はどこへいったんだろう。いま、そこにいるのに。もう。

ENTER THE MIRRORの中に、私のあの夏は確かに息づいている。手を伸ばせばすぐ触れられる近さで存在している。くるくると踊りながらほらもうそこに。あの記憶を永遠にするためになら、私はこの場で首を吊っても惜しくないと。あの夏を永遠にこの手におさめるためなら。

水谷はそこまでやさしくはない。

唐突に終わる曲の中でわたしは、もうそこにはいけないと、永遠の夏にすることができないことをいやおうなく悟らされるのだ。

また夏がくる。

絡み付いてくる熱気を内に取り込みながら、ふらふらと夜をさまよう。喧騒にエコーチェンバーをかけたようだ。暗殺者の夜はいよいよ盛んだ。また熱に浮かされながら、ENTER THE MIRRORを聞いてしまえば、わたしはきっと泣くだろう。泣くしかないのだ。またもやこの夜も永遠にできない自分の惨めさをまざまざと実感しながら。夜のやさしさに撃ちぬかれて。

思いがけない5月の夕立。打ち付けるように降り続ける雨の中をENTER THE MIRRORとともにいく。曲は解体され、一音一音が熔けて水滴と融合する。降り注ぐ音と思い出と。暗く光る路面に薄く輝く姿をわたしは確かに見たのだ。


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